山形地方裁判所 昭和55年(ワ)118号 判決 1983年2月28日
原告
遠藤和夫
原告
遠藤文子
右両名訴訟代理人
南元昭雄
被告
国
右代表者法務大臣
秦野章
右指定代理人
佐藤康
外七名
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする
事実《省略》
理由
一1 請求原因1の事実(当事者の関係)は当事者間に争いがない。
2 同2の事実(事故の発生)のうち、労一が課外活動として本件大学の体育会のうち本件ヨット部に所属し、その合宿練習に参加して昭和五四年五月一二日に死亡したことは当事者間に争いがない。
3 同3の各事実(本件事故に至る事実の経過)中、(一)の事実は当事者間に争いがない。
同(二)については、<証拠>によれば本件ヨット部の部員は一八名であり、内四年生は四名、二年生は八名であつたこと、本件ヨット部に所属するヨットは五隻あり、うち四隻のヨット番号は①二〇〇八五、②J一二九、③二三一五三、④二三一五六であつたこと、監視船の重量は1.97トンであることの各事実が認められ、その余の事実については当事者間に争いがない。
そして、同(三)ないし(五)の各事実については、<証拠>によれば原告ら主張のとおりであると認めることができ(但し、監視船がヨット四隻を曳航して吉田浜に避難しようとしたのは表浜は直接の風上であり、水深も浅く、艇の揚陸作業も困難であると判断したためであること、労一の死亡時刻は遅くとも吉田浜から塩釜市立病院に運ばれる途中であること、労一の死亡は急性心不全によるものであることの各事実が認められる。)、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。
二安全配慮義務違反の主張について
1 原告らは、被告の責任原因としてまず債務不履行としての安全配慮義務違反を主張し、その安全配慮義務の発生根拠として労一と被告との間に教育法上の在学契約関係が存在していたと主張するのであるが、本件大学は被告国の設置する国立大学であり、その設置・管理・運営は被告国の教育行政の一環として行われており、学長が行う行政処分である入学許可によつて公法上の営造物利用関係である在学関係が生ずるのであるから、これをもつて原告ら主張の如き在学契約関係とみることはできず、従つて契約上の安全保証義務を前提とする原告らの主張は失当である。
2(一) 次に、原告らは、被告の責任原因として公務員の不法行為責任(国家賠償法一条一項)を主張し、本件大学の学長をはじめ、その管理・運営の決議機関たる教授会が、本件ヨット部の活動に関し、同部に所属する学生に対する安全配慮義務を懈怠し、右懈怠の結果、本件事故が発生したものと主張するのでこの点について検討する。
国立大学は、学術の中心として広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的道徳的および応用的能力を展開することを目的とし(学校教育法五二条)、国が設置管理し、原則的に経費を負担する大学(同法二条、五条)であり、その組織内容は一般に国立学校設置法、同法施行規則のほか文部省令等において定められ(国立学校設置法第二章、同法施行規則第一章)、その人的構成は学長・教授・助教授・講師・助手・その他職員からなり(学校教育法五八条一、二項)、大学の機関として重要な事項を審議するため教授会が設置され(同法五九条)、学長が校務を掌り、所属職員を統督する(同法五八条三項)こととされている公共的施設である。従つて大学は、右設置目的を達成するため必要な事項について当然に学生を規律する包括的な管理・教育権限を有し、単に国立学校設置法六条の二、七条、同法の規定により文部省令に定められた学科および課程内容に従つて行う教育についてのみならず、学生自らが自主的に行ういわゆる課外活動についても教育的立場からこれを規律し管理する権限を有するもので、本件ヨット部が本件大学に所属する学生を構成員として課外活動を行うために組織されたものである以上本件大学は本件ヨット部に所属する学生が右課外活動を行う際にも管理・教育権限を有するものというべきである。そして、右のとおり本件ヨット部の課外活動に対し本件大学の管理・教育権限が及ぶ以上、本件大学はその管理・教育権限に対応する範囲内で本件ヨット部に所属する学生の身体、生命について安全配慮義務を負うものというべきであるが、その具体的内容、程度は本件大学と本件ヨット部との具体的関係に基づいて判断されねばならない。
(二) そこで右の関係について証拠を検討する。
<証拠>を総合すれば次の事実を認めることができる。
(1) 本件大学は昭和四〇年四月一日、国立学校設置法の一部を改正する法律(同年法律一五号)によつて設置され、同年四月三〇日、本件大学の全学生と教職員を構成員とし、大学教育の一環として、課外活動を通じて、会員相互の親睦を図ると共に心身を練磨し、教養を高めることを目的とする宮城教育大学学友会(以下「学友会」という。)が結成された。そして、右目的達成のための基本組織として文化部及び体育部が置かれ、体育部は、体育及びスポーツの育成と普及につとめ、会員相互の融和と健康の増進に資するものとされていた。学友会を運営するため代議員会、常任委員会及び総会がおかれ、代議員会は文化部及び体育部に所属する各部及び各クラスにおいて選出する代議員並びに会長が教職員の中から委嘱する代議員をもつて構成され、事業計画及び事業報告に関する事項、予算及び決算に関する事項等を審議議決することとされ、代議員会が重要事項と指定した事項及び予算決算については全会員が組織する総会の承認を得ることとされていた。そして、代議員会に付議すべき原案の作成及び代議員会の議決事項の執行にあたるため、文化部、体育部及びクラスの代議員から選出された常任委員並びに教職員のうちから会長が委嘱する常任委員をもつて構成される常任委員会がおかれ、会は学長たる会長が会を代表し会務を総理し全会員から徴収した会費につき会計管理をすることとされていた。なお、体育部を構成する各部には部長がおかれ、部長は部員の推挙により教官のうちからおくものとされ(この教官をいわゆる顧問教官という。)、部長はその部を代表し、部の指導助言にあたることとされていた。
(2) ところが昭和四五年、全国各地の大学学生による自治会運動の活発化に伴い、本件大学においても、前記のとおり大学教職員が関与する学友会制度に学生が反発し、同年五月二八日、学生らは学生集会において学友会からの脱退及び学生の納入した学友会会費の全額返還の提案をなしてこれを全学生投票によつてこれを決定したため、同年七月三日、学生・教職員双方の了解の下に同年五月三一日に遡つて学友会を解散し、同年四月に学生が納入した学友会会費は学生らに返還されることとなつた。そして学生らは同年一〇月二三日規約を制定して宮城教育大学教育学部学生自治会(以下「自治会」という。)を結成するに至つた。
(3) この自治会組織は、学生の自治により学生の生活と権利を保障し、学生間の団結の絆となるものであり、社会の進歩に貢献することを目的として掲げ、同会の最高議決機関は全会員たる全学生をもつて構成する学生大会とされ、学生大会に次ぐ審議議決機関としてクラス等より選任された自治委員で構成する自治委員会がおかれ、同会の執行機関として全学生の投票により選出される委員長、副委員長、書記長の三役及び執行委員長の指名により選出され自治会の承認を得て就任する執行委員により構成される執行委員会がおかれている。そして、全会員は会費を納入する義務があるとされ、その財政は自治会自ら運営し、財政に関する審議は自治委員会において行われ、その執行は執行委員会が行うこととされている。
(4) しかし、学友会が解散され自治会が発足したものの、自治会規約上、従来学友会の下にあつた体育部及び文化部については明確な位置づけがなされなかつたが、結局、学生の課外活動の基本組織たるこれら体育部及び文化部は自治会の傘下にあるものとされ、それぞれ体育会、文団連と名称を替えて存続している。従つて、学生の課外活動たる部活動も体育会、文団連に所属することにより自治会傘下に存続し、かくて各部の結成・承認・運営・自治会費の各部への配分等は全て学生の自治に委ねられている。そして部活動に加入を希望するものは直接その部に申込をすることとされている。他方、大学は自治会発足後は学生の課外活動には関与しないものとされ、ただ慣行として各部は、その部の設立時に団体設立届に規約・会員名簿を添え顧問教官を定めて、原則として体育会若しくは文団連を通して大学学生部に届出ること、またその部を継続する場合は毎年五月末日までに団体継続届に会員名簿及び前年度の事業報告を添えて、原則として、体育会若しくは文団連を通じて届出ることとされ、また学友会制度下にあつた部の顧問教官の制度も、自治会規約上明文の定めがなかつたものの自治会発足後も、慣行として存続している。
(5) ところで、昭和四六年、本件大学の学生らにより本件ヨット部の前身たるヨット同好会が結成され、昭和四九年に前記体育会から部としての承認を受け、以降本件ヨット部は本件大学の学生らを構成員とし、部の意思決定はすべて全部員をもつて行い、部の具体的活動はすべて全部員自らの意思に従つて行われ、日常的な部活動については大学に対する届出もなされていなかつた。他方、大学の本件ヨット部に対する関与としては他の部活動に対するのと同様に、毎年、前記必要書類の添付した前記団体継続届出を体育会を通じて提出するよう求めていたほか、本件ヨット部のために顧問教官をおく程度である。そして、本件ヨット部の財政は部員から徴収する部費、臨時徴収金、OBからの寄付、体育会の分配金等をもつてまかなわれている。なお、本件ヨット部は本件大学から同大学の管理にかかるヨットを貸与され、あるいは同大学から、本件ヨット部の艇庫兼合宿所たる建物及びその敷地の賃料やヨット部品等を支給されることがあつたが、これは、同大学の管理にかかるヨットについては本件ヨット部が一個の経済主体として同大学から貸与をうけたものとみられるし、また、同大学から支給される右賃料、ヨット部品等については、本件ヨット部が同大学から貸与を受けた前記ヨットの保管費にあてるため本件大学の営造物の備品管理費の名目で支出されたものにすぎない。
以上の事実が認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。
右認定事実によれば、本件大学における学生の課外活動は、本件大学が設立された当初は学生及び教職員を構成員とする学友会の下にあり、学生及び教職員が一体となつて行うべきものとされ、もつて課外活動は大学教育の目的の実現に側面から資するものとされていたということができる。しかし、昭和四五年に至り、学友会が解散され、学生のみを構成員とする自治会が結成されるに及び、学生の課外活動は自治会の傘下におかれ、学生自らにより運営されてるに至つており、本件ヨット部も昭和四九年、自治会傘下にある体育会よりいわゆる部としての承認を受けてからはその活動も部員たる学生らの自治に委ねられて運営され、日常的な部活動については大学に対する届出もなく行われており、また部の財政も学生らの部費等にまかなわれ、ヨットその他の装備の購入も学生が行ない、大学からは経済的にも独立していたということができる。
(三) そこで、本件大学が本件ヨット部所属の学生らに対し負担すべき安全配慮義務の内容及びその程度について検討するに、前記のとおり本件ヨット部の部活動は全て学生の自治に任せられ、経済的にも本件大学から独立していたこと、本件ヨット部に所属する学生は全て成人もしくは成人にごく近い年齢に達した大学生であり、ヨット部としての日常的な部活動については自らの判断と責任においてその装備、技量、体力、気象および海水域の状況に応じ安全なヨット航海を行うことが十分に期待できる者であることからすると、本件ヨット部の部活動が学生らの自治に委せられていたこと自体は、大学の教育目的からみて学生の課外活動たる部活動のあり方としては問題はなく、しかもその日常的部活動は学生らが自らの判断と責任のもとで行うべき事柄であるといわなければならない。そして、前記のとおり本件大学の学生に対する安全配慮義務は学生の課外活動たる本件ヨット部の部活動に対しても及ぶものではあるがその義務の内容、程度は本件ヨット部の部活動が大学におけるヨット愛好者或いは競技者の一般的常識からみて特別に危険なものでない限り、第一次的には本件大学の学生自らが築いた学生自治制度を尊重してその自治に委ね、副次的に顧問教官等を通じて学生らに対し航海の安全確保に対する注意を喚起するための指導助言をなす内容、程度で足り、これを超えて本件大学が届出もなくなされている本件ヨット部の日常的な部活動についてまで管理の目を光からせ部活動に介入し具体的な指導監督を行うことまでの必要も義務もなかつたというべきである。
(四) ところで<証拠>を総合すると、本件ヨット部が昭和四九年に設立されて以来、昭和五〇年三月から昭和五一年二月までを除く全期間、本件ヨット部の顧問教官として近藤義忠教官が在任していたこと、同教官は、同部に対しサポートアンドローコントロールの方針のもとに接し、本件ヨット部の合宿所等の開設、具体的練習計画に対し指導助言を行うことはなかつたが、機会がある度に同部の部員に対し、シーズンオフにおいては装備の保守管理を行い、トレーニングを積んで部員の基礎体力を養うこと、シーズンにおいては、ヨット船にライフジャケット、錨、ロープ等の安全装備の備えを怠らず、あるいはヨット船上をノンスリップ加工をすること、同部の合宿所が吉田浜から表浜に移つたことに関してもヨットの出港は吉田浜から行い、そのためにキャリーを用意すること等の指導助言を行つており、とりわけ昭和五一年と昭和五三年の二度にわたり同部の保有する監視船を沈没させたことがあつたことから昭和五三年一二月に行われた本件ヨット部の納会では同部の部員に対し安全の確保に努めるよう特に、部員の注意を喚起していたこと、そして、また折にふれて東北大学のヨット部関係者に対し緊急時における救難、支援等を要請するなどして顧問教官としての役割を果たしていたことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。
(五) 以上の認定事実によれば、本件大学において、本件ヨット部の運営は学生らの自治に委ねられ、従つてヨット部の日常的な部活動は分別を備えている大学生が本来自らの判断で対処し自分自身で責任を負うべき状況にあつたこと、本件大学においては本件ヨット部の日常的な部活動に対し具体的な指導監督をなすことはなかつたものの顧問教官において機会がある度に、本件ヨット部の学生に対し安全確保に対する注意を喚起していたこと等から考えると、本件大学の負うべき安全配慮義務の内容、程度として欠けるところがあつたとすることはできない。
3 そして本件事故が、本件ヨット部の日常的な部活動である合宿練習中に生じたものであることは前記一の3に認定のとおりで、右合宿練習それ自体は本件ヨット部の従来の部活動からみて特に危険を伴うものではなく、本件事故は、本件ヨット部員が当日の気象通報に十分な注意を払わず、強風による沈船等の突発事故に対応するに足りる装備、技量、体力もないまま出艇したことに原因があることは<証拠>によつて明らかである。
原告らは、請求原因4の(二)の(1)のニにおいて、本件ヨット部の如く生命身体に対する危険を包含する部活動については届出制とし、大学がこれに対し助言、指導と財政上の諸対策をとるべきであり、これがとり得ないときは部の設置禁止も考慮すべきであると主張し、また同ホにおいて、本件ヨット部の保有船、装備、施設の劣悪さを挙げ、その改善について大学が財政措置をとらなかつたことをもつて安全配慮義務に違反すると主張するが、成人もしくは成人に極く近い大学生が行うスポーツとしてのヨットは<証拠>にもあるとおり、安全確保を第一として装備、技量、体力、気象および海水域の諸状況に応じて行えば決して危険なものではなく、本件ヨット部の学生もその例外ではなかつたこと、また前記二の2の(二)、(三)に認定し述べたとおり、本件大学における課外活動としての部が学友会から学生の自主的運営による自治会、体育会傘下の組織に移行していつた経過よりすれば、本件大学が部活動を学生の自治に委ね大学側の助言、指導、財政援助等による介入を控えたのはむしろ当然の推移であり、届出でなくなされている本件ヨット部の日常的な部活動について大学が個々的な助言、指導をせず、財政上の措置をとらなかつたことをもつて安全配慮義務違反ということはできない。
4 結局、本件においては、被告に対し原告ら主張の如き債務としての安全配慮義務を認めることはできず、また国家賠償法一条一項の損害賠償責任を認むべき安全配慮義務違反の事実を認めることもできない。
三営造物の設置・管理に瑕疵があつたとの主張について
次に原告らは、被告の責任原因として、国家賠償法二条一項にいう公の営造物たる本件ヨット部の施設の設置、管理に瑕疵があつた旨主張し、特に、本件事故の際に使用された監視船及びヨットとそれぞれの付属品並びに前記艇庫兼合宿所、ヨットの舟付場等の施設の管理の問題があつた旨主張するのであるが、前記認定のとおり、本件ヨット部は学生の自治により運営されており、経済的にも本件大学から独立していたうえ、<証拠>を総合すると右監視船及び本件事故の日に出艇したヨット四隻及びこれらの附属部品は全て本件ヨット部が所有するものであつたこと、また本件ヨット部の艇庫兼合宿所、ヨットの舟付場等の施設も本件ヨット部の学生自らの意思にもとづいて設置管理していたことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はなく、これらの事情からすると本件ヨット部の諸施設をもつて国家賠償法二条一項にいう公の営造物ということはできない。
四よつて、原告らの請求はその余の点を判断するまでもなく理由がないからいずれもこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(井野場秀臣 下澤悦夫 伊藤茂夫)